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坂井ひであき プロフィール

⃝昭和42年4月5日生
⃝本所白百合幼稚園
⃝墨田区立二葉小学校
⃝日本大学第一中学校
⃝日本大学第一高等学校
⃝㈱サカイニット
⃝現:㈱サカイ代表取締役
⃝三ツ葉、セリ、春菊、ミョウガ、セロリなど癖のある野菜好き
⃝肉は鳥→豚→牛の順に好む
⃝魚は光り物が大好き  コハダ、サバ、イワシ、アジ
⃝献血回数35回(毎回400㎖)
⃝石三町会役員(健康体育部、広報「春夏秋冬」編集委員)
⃝石三睦第5代・第7代会長 現在外部監査役
⃝石三太鼓連世話人
⃝本所消防団  第二分団 部長
⃝剣道2段  元二葉剣友会


地域密着・坂井ひであきの軌跡

昭和42(1967)年4月5日
田区横網町の同愛記念病院て生まれる。床材に釘打ちまくっ たり、穴空けたりして怒られてい ました。夏休みは祖父母に連れら れて群馬の温泉にひと月くらい行 っていた。毎日のように釣り・川 遊び・山登りが楽しかった。

本所白百合幼稚園 に入るとカトリックの教えを受け 昼食時前に唱えた「天にまします 我らの父よ‥‥」がすごく記憶に 残っています。教会(私の記憶で はお御堂と呼んでいた)は夏でも 涼しく中二階に上がると、何故か とても怖かったな
 
バラ組 は上階にポツンと離れて 部屋があり階段の途中にお弁当 暖める保温庫(冷蔵庫みたいな 形)が置いてあったそんな時代 でした。

墨田区立二葉小学校の思い出

入学時は旧校舎でしたが、新校舎建設の為あの浅間山荘 事件で使われていたクレーンに吊られた大きな鉄の玉で校 舎を壊すのが、「ドッカーン!」とすごくウルサかったが スリリングで見ているのがとても楽しかった。冬にはダル マストーブにコークスくべるのが楽しかった。

正義感が強く担任を困らせる

 
高学年になるとやたらと正義感が強くなって担任の先生 を困らせてました。とくに友達がいじめにあうと凄く抵 抗してました。その事で学校に遅くまで残されたのは鮮 明に記憶に残ってます。
 

剣の道へ 心と体を鍛える

当時の二葉剣友会は大所帯で低学年は体育館では無く、 校舎の玄関ホールで稽古を受けていましたね。玄関ホー ルはコンクリートですから冬はとにかく冷たく裸足にな るのがいやでしたね。稽古が始まるギリギリまで靴下履 いてました。美術部の顧問の先生はとても背が高くて滅 茶苦茶厳しくそして楽しい先生で、良くゲンコツもらっ てました。そういえば祖父に似てたな。

青春時代は「硬派」まっしぐら

 
日大一中・一高時代は、中高一貫校でしたので中学3時に生徒会副会長・高校2年時に生徒会長を務める。
高校2年時に硬式野球部が11年ぶ りに夏の甲子園出場となり、生徒会 長として応援団として甲子園に乗り 込みました。
応援団顧問からの言葉が一番心に残 っている「応援団はスタンドの片隅 に咲く、小さな一輪の花だ。目立た なくても綺麗な立派な花を咲かせな さい!」

生徒会長・応援団として甲子園へ

学校の教員・事務所職員を全員知って いて、高校3年時には生徒なのに職員 室でお茶飲んでるのが普通であり、職 員室に坂井の机があるという噂が生徒 の間ではでた程でした。

坂井ひであきの約50年の半生ですが、下町生まれの下 町育ちで、弱いものいじめが大嫌い。「正義」と言う言 葉が大好きだと語っています。今までは家庭を守れば良 かったのに、地域を守ることに「正義感」を燃やしはじ めています。それには、坂井ひであきを理解していただ き、足りない部分を補っていただければ幸いです。【編集後記】                 

ふるさと墨田の未来に新しい風を!

 
 日常生活の中で、区政との関わり合いは極め て大きなものがあります。ゴミ出しから始まり、 子育て・教育・介護・環境問題など、ありとあ らゆる場面で影響を受けています。  その区政に対して、区民の一人一人が自分の 考え方を言うというのは不可能なことで、誰か がやらなければ、地域は置き去りにされてしま います。  ところが、みんなの思いを代弁するというの は簡単ではありません。家族を含めいろいろな 人々の協力によって選ばれることになります。 そこで、町会や消防団でも永く活動している、 坂井君に「地域のために汗を流してよ!」と言 うと、ようやく「その気」になってくれて動き はじめました。  是非、このまちがさらに住み良くなるために 後援会に入会していただけるようお願い申し上 げます。
 

坂井ひであき後援会 会長 伊藤 林